同時進行Howdunit
喫茶ワイルダーのできるまで


レポーター座付宣伝部長 松坂健


今年の夏、8月10日〜12日の3日間、江戸川区瑞江の東部フレンドホールにて、
劇団フーダニットが上演を予定している若竹七海さん脚本のミステリー劇については、
すでにWEB上でも取り上げられ、少なからぬ話題を巻き起こしているようです。

ここでは、劇団がどのような形で芝居を作っていくか、
その過程の一部始終を同時進行ドキュメンタリーの形式で報告していこうと思います。
喫茶ワイルダーとは、若竹さんが書き下ろしてくれた戯曲の舞台になる喫茶店の名前。
どこかで聞いたことのあるような……。
今、みなさんにお知らせできるのは、それくらいのことだけ。
何と言っても、ミステリー劇ですから。

それでは、芝居がどんなプロセスを経て出来上がっていくか、
フーダニット(誰がやったか)ならぬハウダニット(どうなったか)の始まり、始まり。



1999年9月の終わりから10月にかけて

劇団フーダニット座長の松坂晴恵とその旦那にしてミステリー評論もする松坂健夫婦が、
ミステリー作家若竹七海さん・小山正さんご夫妻と英国旅行に行くことに。
小山さんは日本テレビのプロデューサーで、健と同じく慶應大学推理小説同好会のOB。
もちろん、小山さんは健よりもはるかに若い。
が、なぜか話が合い、古書と演劇、
ミステリーの故郷をめぐる英国旅行をしようと、この年の春から盛り上がっていた。

ということで、9月の終わり、夫婦二組はヴァージンアトランティック航空にてロンドンへ。
そこから始まる珍道中ぶりも記録に値すると思うのですが、
ここは劇団フーダニットにかかわることに絞り込みましょう。

旅行中には様々な会話がかわされるわけで、当然、劇団フーダニットのことについても話が出る。
1999年春先の劇団員募集に始まった劇団活動は、
この頃には11月のプレ旗揚げ公演の準備に入っていた。
プレ旗揚げというのも妙な言い回しなのだが、要するに本格的な舞台公演に入る前に、
練習として短い短編劇を団地内のコミュニティ会館を借りて上演しようということ。
この練習公演を経て、翌年の12月に本格的な旗揚げ公演を、という計画。

そんなテーマを抱えながらの英国旅行です。
途中、プレ旗揚げ公演の演目、クリスティー作『鼠たち』で使う
奇妙な形をしたナイフをみんなで骨董屋で探したり、
劇団の将来に備えてミステリー劇の台本を大量に(7万円も!)買い込んだり、
というツアーだったが、小山さんも若竹さんんも思いの外、ミステリー劇の大ファンで、
ふと若竹さんが「わたしもミステリー劇を書いてみようかな」と洩らしたのです。
現役の推理作家にオリジナルの台本をいただける!
夢のような話だが、若竹さんは誠実な方で、リップサービスではないように感じたのです。
いわば、この時が、若竹七海作のミステリー劇が実現に向かう最初のきっかけになったのです。



1999年11月14日

プレ旗揚げ公演『回転扉T』を清新町コミュニティ会館で上演。

演目は朗読劇として、星新一原作『おみやげ』、小松左京原作『宇宙人の宿題』、
城昌幸原作『スタイリスト』、フランク・R・ストックトン原作『女か虎か』の4本、
そしてクリスティーの短編劇『鼠たち』。

夜の部に若竹・小山夫妻が来場。
それなりに楽しかったと感想をいただいたのですが、別れ際、「あの件は……」とおずおずと切り出すと
「構想はすでにあるんです。必ず、やりますから」とのお言葉。
嬉しかったのですが、彼女の忙しさを考えると、
本当にやってくれるのかなあと半信半疑というのが、正直なところだった。



2000年12月2日

それから1年。
旗揚げ公演をミステリー劇の古典、ロベール・トマ作『罠』に定め、
練習を重ねてきた劇団フーダニットは、ついに本公演の日を迎えた。
会場は都営新宿線船堀駅前の江戸川区総合区民ホールの小ホール。

公演2日目の夜の部に若竹・小山夫妻来場。
何とか楽しんで貰えたようですが、我々にとってのビッグプレゼントは何と言っても、別れ際に
「もう、書き始めていますわ」のひとこと。
いよいよ、現役作家によるオリジナルプレイを、
誕生してよちよち歩きし始めたばかりの劇団が上演するという夢のような話が現実味を帯びてきた。



2000年12月26日

これだけ、我々を応援してくれているのだから、やはり接待は欠かせないぞ、
と妙に世慣れた知恵を身につけている健が、夫妻に一席設けることを決意。
とにかく忙しいご夫婦から、やっと年末に時間をいただき、東銀座で接待申し上げることにした。
東銀座東劇ビル近くのワインバーの予約をとったのに、なぜかダブルブッキングで席がなく、
同じところが経営している料亭の一室で、
ワインと和食およびイタリアンというフュージョンを楽しむことになった次第。

結構、おいしい店なんですよ(店名:アッシュ ド ヴァン)。
ついでに、ちょいと歩いて、バー ルパンに。



2001年1月10日

若竹さんより連絡あり。
一度、上演するコヤ(劇場)を見たいとのこと。舞台での出入りの感じを確かめたいという狙い。
さっそく、15日、月曜日に東部フレンドホールに行くことに決定。



2001年1月15日(月)

東部フレンドホールに下見。
参加者は、若竹七海さん、松坂晴恵、音響の島ちゃん、奧、サインを貰おうと張り切ってるQちゃん。
大きなきれいなホールに若竹さん、ごきげん!
音響効果も確かめ、舞台装置の配置も確認。

この日、なんと戯曲の完成原稿を受領!
(Qちゃんは、しっかりサインを貰いました!……姫にはナイショよ。
姫は実は若竹さんの大ファン。抜け駆けがばれたら逆鱗に触れるからね)



2001年1月20日(土)

家で完成原稿を読んだ松坂晴恵と若竹さんが、電話にて手直し個所について協議。
詳細は面談の上ということで、この日、新宿ミロード、カフェラミルにて打合せ会。

参加者、若竹七海さん、小山正氏、松坂晴恵。

松坂から台詞についているト書きの量を減らしてくれないかと注文
(役者さんの自由度を高めたいという意図)。
また、この原稿にある最初と最後の部分についての必要性を協議。
前半を若干書き足していただくことで話がまとまる。



2001年1月23日(火)

手直しされた原稿が郵送されてきた。さっそく、コピーし、団員に配布。
一同大喜びはいうまでもない。

このあとは、団員ひとりひとりに、家で台本をきちんと読みこみ、
作者が何を提案しようとしているかを考えるという宿題が与えられた。
ついでに、各人が自分なりのキャスティングも考えることが要請される。
劇団フーダニットのキャスティングは、みんなが全部のキャスティングを考え、
その投票結果をもとに合議制で決められるのが建前だから。

そうして、2月25日には若竹さん自身が劇団を訪れて、作者からの状況説明をしてくれる段取りです。
それをもとに3月に入ったところで、キャスティング投票、キャストの決定、
具体的な稽古に入ることになります。


芝居は何よりも「台本」ありき。
若竹さん、お忙しいのに本当にありがとうございます!

いよいよ「ワトソン君、ゲームの始まりです」



2001年2月25日(火)

以前、約束していた通り、若竹七海先生が劇団を訪れてくれた。
締切の雨霰をかいくぐっての来訪なので、劇団員一同大感激・興奮気味。
さすがに、この日はコミュニティ会館のいつもの部屋も満員盛況。
この会合は若竹さんからの希望でもあって、
作者から劇団員に作品の意図、やりたかったことを伝えたい、という趣旨だ。

「ミステリーを書くのが専門ですが、舞台を書くのは初めて。
うまく行っているかどうか心配」と謙遜気味で語り始めた若竹さんだが、
「やりたかったのは、見ている人を驚かせたい。それに尽きます」と作者の執筆意図を説明してくれる。
「細かくいうと ン回(回数を書くと一種の種明かしになるので書きません)、
どんでん返しがあるんですが、それが見ている人との知恵の戦い。
わたしの愛読者というと、結構、マニアックなミステリーファンが多いので、
これが大変」と本音も覗かせてくれた。
ともあれ、あとは実物をご覧いただくしかない。

旦那様の小山さんと何度も何度も読み合わせを経ての決定稿なので、
無駄のない会話、滑らかな展開であることは、この文章を書いている僕が太鼓判を押します。
「正直言って、キャラクター設定よりもプロット重視で書き上げた」と若竹さん。
ある意味で、キャラクターに深みとリアリティを与えるのが俳優と演出家の役目。
観客を驚かせたいという作者の意図をしっかり実現することが、
今度は劇団への宿題だ。さあ、いよいよ本格的な本読みです。

ところで、仮題の『ミルクピッチャー・アドベンチャー』は悪くはないのですが、
劇団広報の立場になって、いろいろなところに芝居の題名を伝えるのには、
舌を噛み切りそうで、ちょっと辛いものがあります。
劇団から、別の題名を考えていただくようお願いしたことも付記しておきます。
手直しされた原稿が郵送されてきた。



2001年3月18日(火)

今日はキャスティングを決定する日。

劇団フーダニットは、これは座長の基本方針のひとつだが、
キャスティングはみんなの投票で行なうことにしている。
劇団員全員が、その芝居に出てくるすべての役に劇団員の名前をあてます。
自分がやりたい役に投票するのももちろん自由。
開票してみると、やりたい役なのに自分一人しか投票していないという事態もありえます。
これは一応無記名投票。
誰がどんなキャスティングをしたかは座長以外わからない。

しかし、劇団員各自の言い分も取り入れるのが民主主義のルールなので、
この投票とは別に、
各自が自分のやりたい役(上位3つ記す)とやりたくない役(ひとつのみ)を書かせる投票もやる。
まず、無記名のキャスティング投票を開票し、どの役の誰が多く名を挙げたか集計する。
その結果に、今度は個人別やりたい役だと、
その俳優名にプラス3ポイント、2ポイント、1ポイント加算する。
逆にやりたくない場合はマイナス2ポイント。
こうすることで、お互いの評価に個人の好みがある程度反映されるわけ。
こう書くと、複雑な仕組みに聞こえるかもしれないが、やってみれば簡単だし、案外、もめないもの。
もちろん、この役にこの役者さん、という意外な指摘も出てくるのだが、
結果的にはバランスのいい結末になる。

(自分がどう見えているか、自分はどんなキャラクターかを考えるいい訓練になる。
そして、芝居のバランスということを考えることで、全体のイメージを掴むことができるのさ:by座長)

今回の若竹さんの芝居は、短い(1時間40分くらいになるでしょうか)割には、
10人の男女が登場し、舞台がにぎやかになりそう。
誰が主役というわけではないが、割に出ずっぱりの喫茶ワイルダーのマスター役を、
我が劇団の男優二人のダブルにした。
持ち味の違う二人が、どう同じ役をこなすのか、それも楽しみ。
ということで、この日、役名と俳優の特定化作業が完了。
これで「本読み」にも熱が入ろうというものです。



2001年3月20日(火)

座長が劇団TAC三原塾のハバロフスク、ユジノサハリンスク(サハリン)公演で海外出張。
フーダニットもお休み。

でも、この日、座付き広報部員たるわたしは神田の古書店にて、
テアトロ増刊「フランス演劇号」(昭和46年11月号)掲載のロベール・トマの『一人二役』の台本を入手。
以前、ドラマスタジオという劇団で見たことのある芝居だが、
あらためて読むと、なんてまあ面白いのでしょう。
座長にいつかやろうと提案するつもり。
とまあ、これは喫茶ワイルダーとは関係ない話。
それにしても、芝居の題名が届かない。
どうしたんだよー

(後日4月4日、小山・若竹夫妻は2週間の英国旅行に出発。
P・D・ジェイムズのミステリーに出てくる殺人現場を全部行ってみる、
と嬉しそうなのはいいけれど、タイトルが……)



2001年4月28日(土)

イギリスから絵はがきが届いた。
そこに、『毒を入れないで』の文字が……。
やっと決まった……。



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